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そこで、改めて株式会社Kサカのために本社ビルを建てようと決意したのである。
当時は、まだバブル時代を迎えるまでには間があり、地価もそんなに高くはなっていなかった。 そこで私は、まず、そのビルのための土地選びから始めようと考えたのだった。
最初は、小竹町の本社と地続きのところでいいと私は思っていた。 ここなら私たちも住み慣れているし、S武池袋線の江古田駅もすぐだから地の利もいい。

すっかりそのつもりでいたある日のことである。 私は寿司が好きで、昼食も夕食も寿司で済ませる日が何年も続くことがあるくらいなのだが、そんなある日、練馬区小竹町にある「Mとい寿司」という行きつけの店で食事をとっていたら、親しくさせていただいている株式会社H賀印刷のH賀専務とご一緒したのだった。
H賀専務とは、それまでも、この寿司屋でよくお会いしていた(もちろん、当社のパンフレットを印刷していただいたりして、ビジネス上のお付き合いもあった)。 そこで、私かその土地探しの話をすると、「江古田あたりに本社を置いても、どこにあるのか、わかってもらえないよ。
いくら池袋から3番目の駅といっても東京以外の人には見当もつかないから、そんなところはやめて、もっと名の知れた場所にしなさい」と言ってくださったのだった。 「それなら、どこがいいですか」と訊くと、H賀専務は、せっかくなら豊玉陸橋の近くがいいとおっしゃる。
豊玉陸橋なら、毎日のようにラジオの全国道路交通情報で渋滞地点として名前を放送している。 だから、「豊玉陸橋」といえば、場所こそ知らなくても、地名だけは全国の人に知られているはずだ……というわけである。
事実、当時は毎日のように、豊玉陸橋近辺の渋滞情報を全国放送していたものだった。 なるほど、と私は思った。
このH賀さん話は、けだし至言で充分に納得できるものである。 さっそく私は、その豊玉陸橋の近辺を中心として、土地探しを始めたのだった。
現在の練馬区豊玉中2丁目に土地を見つけたのは、そのすぐ後のことである。 不動産屋で売りに出ていたのだが、当時は空き地で、電気屋の電線置き場になっているところだった。
環7に沿っていて、ここなら飛び込みの客もつかまえられると思ったのだが、覚えておちられる方も多いように、当時は、いい土地はなかなか持ち主が手放してくれなかったものである。 だが、幸いなことに、偶然にも、その不動産屋さんは、私の娘の友だちのおじいさんが経営している店だったのである。

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